スポンジボブの話で思い出した。
親友のパトリック。彼こそが最強の幸福論者だってことを。
無職で、何もできない。寝るのが得意なだけ。
隣には夢を追い続けるイカルドがいるのに、幸せそうなのはいつもパトリックだ。
——なぜか?
努力家イカルドの悲劇。「承認」という名の終わらない麻薬
努力家イカルドの悲劇。「承認」という名の終わらない麻薬
イカルドはタコだ。名前にイカと入っているのに。
彼はクラリネットのプロを夢見て、好きでもないレストランで働き、練習を重ね、個展も開く。
でも、彼はいつだって不幸そうだ。
理由は、才能がないからじゃない。「承認されないと、自分を確認できない」からだ。
一度、ステージで大喝采を浴びたこともある。でも次の回では、また不満そうにしている。承認は、麻薬に似ている。一時的に満たされても、すぐ切れる。だからまた「もっと評価を」と求める。これが外的承認依存のループ。売上が上がっても、賞をとっても、心が空虚なままの正体だ。
精神科の外来でも、同じような話をよく聞く。「昇進したのに、なぜか満足できない」「褒められた瞬間は嬉しいけど、すぐ不安になる」。外から評価を補充し続けないと自分を保てない状態。イカルドはそれを、アニメの中で見事に体現している。
私自身も、比べて苦しくなったことがある
正直に言う。私もイカルドと同じ経験をしてきた。
大学入学前まで、ずっと優等生だった。でも大学に入った瞬間、周りのレベルが上がり、優等生ではなくなった気がした。研修医時代は、周りがテキパキ動いているように見えて、自分だけうまく立ち振る舞えていない気がした。
飲み会の場が得意ではなかった。場のノリについていける女医さんを見ては、すごいなと思った。ピアノがプロ並みに上手な友人を見ては、自分にはできないと決めつけた。お淑やかな女性を見ては、私には無理だと思った。
自分にないもの、できないと思っていることを、持っている人や、できている人を見ると、どうしても「いいな」と思ってしまう。その感覚は今でもある。
ただ、気づいたことがある。
比較は、気持ちが安定しているときは成長の燃料になる。でも、疲れているとき、ホルモンバランスが崩れているとき、気持ちが滅入っているとき——同じ比較が、一気に自分を傷つける刃になる。
だから比較が悪いのではなく、比較と自分のコンディションの関係を知っておくことが大切だ。
生産性ゼロのパトリックが幸せな理由。幸福の最大の敵は「比較」にある
パトリックは比べない。羨まない。
岩の下で、今日も寝ている。それだけで満足している。
精神医学でいう「内的基準で生きる人」。パトリックは極端なほど、それだ。
他人の目線が存在しない。だから、揺れない。
幸福の最大の敵は、比較だ。
パトリックはそのループに、最初から入っていない。
比べられずに育つとどうなる?自己肯定感を支える「内的基準」
私の両親は、私を他の子と比べなかった。
友人とも比べなかったし、兄弟とも比べなかった。成績が悪くても、何かができなくても、「あなたが一番」と伝え続けてくれた。
習い事も、「周りが行っているから行かせなきゃ」とはならなかった。周りに流される親ではなかった。私に合うものを、私のペースで、やらせてくれた。
その育て方が、今の私の土台をつくっている。
比べられずに育った子どもは、比べなくても生きていける。外から評価をもらえなくても、ある程度自分を保てる。それが内的基準だ。
パトリックが幸せな理由が、今ならわかる気がする。彼は誰にも比べられず、ただ自分の感覚で生きている。その強さは、生まれつきのものじゃない。環境がつくるものだ。
だからあなたにも、同じ環境を用意したいと思っている。周りと比べず、あなたのペースで、あなたに合う形で育っていってほしい。
子育てで、私が絶対にしないと決めていること
親になった今、私も揺れることがある。
他の子が素晴らしい姿を見せると、ちょっと不安になる。もっと運動をやらせた方がいいのかな、習い事を増やした方がいいのかな、と思う瞬間がある。幼稚園受験、小学校受験、さまざまな幼児教室や習い事。周りを見ていると、焦る気持ちが出てくる。
でも、子育てに関しては、一つだけ絶対にしないと決めていることがある。
他の子と比べないこと。
理由は単純だ。比較はわが子の自信を奪う。そしてわが子の良さを引き出すためには、その子自身のペースと強みを信じることが一番大切だからだ。
幼児教室で見たことがある。身体能力が高くて誇らしげにしている子がいる一方で、十分に運動できているのに自信なさげな子もいる。逆に、少し体操が苦手でも、自信を持って自ら挑戦できる子がいる。その子はとても魅力的だし、今後の成長に期待が持てる。
結局、能力より自信が先だ。自信がある子は、できないことにも挑戦する。そして挑戦した分だけ、成長する。
実際に、幼児教室の先生から我が子のことを聞かれることが多かった。特別体操が飛び抜けてできていたわけではない。それでも評価されて、日頃どんな取り組みをしているのかと聞かれた。おそらく、その自信が周りの目にも映っていたのだと思う。理由なき自信は、本人だけでなく、周りにも伝わるのだ。私が持っていた「この子なら大丈夫」という理由なき自信が、わが子にも伝染して、その自信を育てていたのかもしれない。
私はわが子に対して、特別なことをしているわけではないと思う。今でも「これでいいのかな」と思う日はある。でも、「この子なら大丈夫」という理由なき自信は、常に持っている。それだけは、ぶれないようにしている。
成績よりも大切なもの。「理由なき自信」がパワーの源
だからあなたにも、伝えたい。
成績じゃない。自分に優劣はつけない。
比べてしまう日があったら、自分のコンディションが悪いサインかもしれない。疲れているとき、しんどいとき、どうしても落ち込む日はある。そういう日は、比較をやめようと抗うより、まずのんびり休むことを優先してほしい。コンディションが戻れば、同じ景色が違って見える。
そして、比べる相手を変えてみてほしい。他の誰かではなく、昨日の自分と比べること。昨日より少し成長していれば、それで十分だ。
自分ならできる。
その「理由なき自信」こそが、あなたを突き動かす本当のパワーになるから。
承認は、外からもらうものじゃない。自分の内側で、静かに育てるものだ。
📜 攻撃されても自分を見失わない方法は、スポンジボブから学べます。

参謀医Reimyより

