「信頼される人になりたい」と思ったことは、一度はあるはずだ。
でも、信頼とはいったい何で、どうすれば得られるのか——意外と、きちんと考えたことがない人が多い。
精神科の診察室と、経営の現場。一見まったく違うこのふたつの場所で、私は同じことを何度も見てきた。信頼は、特別な能力や魅力から生まれるのではない。小さな一貫性の積み重ねと、たったひとつの誠実さから生まれる。
今日は、そのことを話したい。
矢継ぎ早に話す人に、まずすること
初診で、矢継ぎ早に話してくる人がいる。
心配で、不安で、伝えなければと思うことが山ほどあって——言葉が追いつかない状態で診察室に入ってくる。話がまとまらなくても、それは当然だ。それだけ切羽詰まっているということだから。
そういうとき、私はまず最後まで聴く。
どうしても病状が悪く、全く途切れない場合もある。
そういう時は息継ぎをするタイミングに合わせて、こちらから長めの相槌を入れる。非常に早口で興奮して話す方もいるので、ひと呼吸おけるようにし向けている。
ただ、途中で整理しようとはしない。
区切りがつくまで聴いたあと、自分の言葉でまとめて返す。
「つまり、こういうことが起きていて、こんなふうに辛い、ということでしょうか」
合っていれば、その人は少し力が抜ける。違っていれば、「そうじゃなくて……」とまた話してくれる。どちらでもいい。大事なのは、ちゃんと受け取ろうとしているということが伝わることだ。
支持的に聴く——これが、すべての出発点
精神科の診察には、基本とされることがある。
症状が重くても、軽くても、まず最初にすることは変わらない。相手の話を、支持的に聴くこと。
「支持的に」というのは、評価しない、急かさない、すぐに答えを出そうとしない——ということだ。まずその人が感じていることを、そのまま受け取る。
カルテにも支持的に傾聴した、という一文はかなりの頻度で目にする。
なぜか。
人は、受け取られたと感じたとき、初めて本当のことを話せるからだ。どれだけ正確な診断をしても、「この人はちゃんと聴いてくれている」という感覚がなければ、治療はうまく動かない。信頼がなければ、医療は始まらない。
時間内に、満足のいく診察をして終わらせる——ベテランでも難しい技
ただ、診察には時間がある。
相手が早口で話し続けるからといって、こちらまで慌ててはいけない。むしろ逆だ。向こうが早口なときほど、こちらはゆっくり、はっきり、わかりやすく返す。落ち着いたトーンは、それだけで相手の速度を少し緩める。
そして、時間内に終わらせるためには、「聴く」と「まとめる」をセットで動かし、凝縮させ短い返答をすることが必要になる。
話を受け取ったら、要点を整理して返す。「今日一番困っていることは、これですね」と絞り込む。あれもこれも解決しようとしない。今日できることを、今日だけやる。
これが、意外と難しい。
話が広がるのを止めると、「ちゃんと聴いてもらえなかった」と感じさせてしまうリスクがある。でも、広げすぎると時間が足りなくなり、最後が駆け足になる。駆け足で終わった診察は、どんなに内容がよくても、後味が悪い。
満足して帰ってもらうために大事なのは、終わり方だ。
「今日はここまで整理できましたね」——全員に当てはまるわけではないが、その診察での成果を伝えることで、患者さんは「ちゃんと診てもらえた」と感じて帰ることができる。お互い相談して処方薬が決まった時も「お薬が決まりましたね」と最後にお伝えする。
そして「次回また教えてくださいね」「薬の飲み心地を教えてくださいね」と次に繋ぐ言葉を伝える。
「続きがある」とわかっていれば、不完全燃焼にならない。
これは簡単そうに見えて、ベテランの精神科医でも手こずっている時があるように思う。
自分がもし相手の立場なら、と考えると理解しやすい。
風邪をひいて近くのクリニックを受診した時。
まだあまり話をしていないのに話を遮り、はい、薬。じゃあまた。
・・・・・・(医者はカルテに目を向け、こっちを見ない)。
やれやれ。
忙しいんだろうけど不信感しか生まれない(笑)。
経営者も同じ——部下の話を、支持的に聴けているか
この「支持的に聴く」という姿勢は、経営の現場でもまったく同じように必要だと、私は思っている。
部下が何かを報告してくる。提案してくる。あるいは、困っていることを打ち明けてくる。その時、上に立つ人間がまずすべきことは、評価でも反論でも指示でもない。
受け取ることだ。
ところが、これができない上司が、残念ながら少なくない。
部下の話を最後まで聴かずに遮る。自分の経験談にすり替える。うまくいかなかったとき、責任を部下に押し付ける。——そういう上司のもとで、部下は本当のことを話さなくなる。問題が起きても報告が遅れる。やがて組織全体が、表面だけ取り繕うようになる。
逆に、支持的に聴ける上司は強い。
部下のアイデアが素晴らしければ、素直に「それはいい」と言える。わからないことは「確認して返す」と言える。自分のミスは自分のものとして引き受けられる。そういう上司のそばで、人は伸びる。
「部下のくせに」という発想が出てきたとき、それは信頼の終わりの始まりだ。
上の立場にある人ほど、支持的に聴く思いやりと、素直さと、責任感が問われる。それは弱さではなく、本当の意味での強さだと私は思っている。
信頼は積むものであり、壊さないもの
「信頼を築く」という言い方をよくする。まるで煉瓦を一枚ずつ重ねるように——そのイメージは、正しい。
今日も同じ姿勢でいた。相手の話を受け取った。わからないときはわからないと言った。小さなことを、約束通りにやった。——その一枚一枚が、確かに積み重なっていく。
ただ、忘れてはいけないことがある。
どれだけ丁寧に積んでも、一度崩れると、元に戻すのは容易ではない。知ったかぶりをした瞬間、部下の話を遮った瞬間、責任を誰かに押しつけた瞬間——煉瓦は音もなく崩れる。
だから、積むことと、壊さないこと。その両方が必要だ。
毎日少しずつ積んで、今日も崩さなかった。
それだけのことを、長く続けた人だけが持てるものが、本物の信頼だと思う。
いつかあなたが、誰かの上に立つ立場になったとき、こう問いかけてほしい。
今日、目の前の人の話を、ちゃんと受け取れたか。今日、自分の言葉に責任を持てたか。
それだけを、続けていけばいい。
📜 リーダーが持つべき内面の強さについては、こちらの手紙で。

参謀医Reimyより

