生まれ育ちは関東。私立の学校だったこともあり、周りは塾や習い事に忙しく通っていた。一方で私は、塾などは利用せず、習い事もピアノだけでのんびり過ごしていた。
家と学校にしか自分の居場所がないからこそ、学校の授業や活動に集中できていた、とも言える。
家には図書館かと思うくらい絵本がたくさんあって本を読むのが大好きだったし、お庭で土いじりをするのも好きだった。小学校低学年の頃までは勉強は親に教わった。その後は一人で、自由にマイペースに、でも必死に、試行錯誤しながら頑張っていたと思う。
マイペースな私が「医師」を志した理由
中学の時、妹の病がきっかけで医師を志すようになった。
その日のことは、今でもはっきりと覚えている。
妹は呼吸器疾患で体調を崩し、2階の寝室で一人で昼間寝ていた。ところがその間に症状が急激に悪化し、息がうまくできなくなってしまった。ベッドから起き上がることもできない状態で、妹がとった行動は、近くにあった分厚いハリーポッターの本をどうにかこうにか何冊もドアに向かって投げつけることだった。音で自分の異変を知らせようとしたのだ。
私はその物音には気づかなかった。でも、なぜかその時、妹のことが気になってたまたま2階へ様子を見に行った。そこで見たのは、瀕死の状態の妹だった。急いで親に伝え、救急車を呼んだ。
救急隊が到着し、私は邪魔にならないよう別室で待っていた。心配で窓から外を見ていると、紫色になった腕と手で、ぐったりした妹が担架に乗せられて運ばれていくのが見えた。
それはもう、衝撃だった。
大切な妹を失ってしまうのではないか。その恐怖と無力感が、私を医師へと向かわせた。「医学の知識があれば、大切な人を守れるかもしれない」と、その日から強く思うようになった。
大学病院の医局に所属する医師として、そして二児の母として
中高一貫校を卒業して、国公立大医学部を卒業後は、某大学病院で研修。同大学病院の医局に所属する精神神経科の医師。
子どもの頃は内科(呼吸器系)を考えていたが、学生や研修医時代には、小児科・神経内科・精神科・皮膚科・形成外科と、さまざまな科を視野に入れていた。全体的に「外胚葉系だね」と友人によく言われていた。
内科と小児科は妹の病がきっかけだった。そのうち小児科の中でも精神保健(子供の心の病など)に興味を持つようになった。
小さい頃から心理テストが好きで、目の錯覚など脳の仕組みが不思議で興味深かった。知識が増えるたびに興味が加速していった。皮膚科や形成外科には、症状の改善が誰の目にも見えやすく、患者さんの表情が明るくなる瞬間にやりがいを感じていた。処置や手術も好きだった。
非常に悩んだが、それでも最後に精神科を選んだのには、ふたつの理由がある。
まず、神職・参謀の家系であったこと。医学とは関係ないように見えるが、父や祖父の話術・コミュニケーション能力の高さ、言葉にならない何かを察して言葉に変え、改善していく力——それを自分も受け継いでいると感じていた。精神科では問診力や察する力が特に重要だから、その力を活かせると思った。
そして、どんなに身体的に健康でも、精神・心を病んでしまうと人生が変わってしまうから。精神科医はその人の人生を診て、長く伴走できる存在であり、それは他の科にはない、この科ならではの素晴らしさだと思っている。
精神科の中には、大学病院の医局に入らない人もいるし、すぐ開業を考える人もいる。でも私は、しっかり精神科医としての学びを得たいと思い、大学の医局を選んだ。教育機関にいると情報は早く入ってくるし、学びの場も多い。その判断は正しかったと今でも思っている。
精神科専門医も、精神保健指定医も、どちらもそれなりに相当な勉強と経験が必要だ。合格できて本当によかった。同じ時期に試験を受ける同僚や上司でもある精神科医と一緒に勉強した時間は、とても有意義だった。仲間と切磋琢磨した、あの時間が今の私の土台になっている。
そして、そう。
プライベートでは、わが子、つまりあなたたちの、ちょっと口うるさい二児の母になれた。
…私の表の顔はざっとこんな感じだ。このくらいの自己紹介に留めておこう。
高齢出産で子供を授かり、出産後も、私もわが子も実はかなり大変な思いをした。よく頑張ってくれた。よく生きてくれた。ありがとう。そう心から伝えたい。頑張ってくれたからには、私も伝えたいことをしっかり残さないといけないと感じている。それがこのブログを書き続ける理由の一つでもある。
神職×参謀の家系で育つとはどういうことか
神職と参謀の血筋だなんて、エビデンスを重視する医学とは真逆に感じるかもしれない。
子供の頃、親の職業を聞かれることがよくあった。でも、血筋に関してはなんとか誤魔化していた。母も「当てはまる職業名がないわねえ……何でも屋さんみたいだわ」と言っていたくらい、一言では説明できない家系なのだ。
守秘義務があるため詳しくは書けないけれど、代々こんなことをやっていた家系だが家業を継いだ方が良いかAIに聞いてみたら、「それを日本で使える人は限られた者だけなので継ぐべきです」と答えてくれた。まあ、それが本当かどうかはわからない。でも、単なる統計学の範囲に収まらない伝統のようだ。AIでは代用できないことだと知った時、少し誇らしく、そして嬉しかった。
いつも不思議と、幸運なことに、順調に見える人生を進んできたのは、代々継承されてきた知恵と参謀の血筋の影響が非常に大きいと感じている。それに医学を加えたら、さらに幸福力がパワーアップするのではないかと考える。
本当は家族だけの秘密にしておきたかった。でも日本のこういった秘密主義なところが、この国の幸福度に影響しているのかなとふと思った。だから、書くことにした。
日本の幸福度61位。精神科医として感じること
国連などが発表する「世界幸福度報告書」の最新調査(2026年版)によると、日本の幸福度は世界61位 (1)。2023年47位→2024年51位→2025年55位と、どんどん順位を下げている。先進主要7カ国(G7)の中で最下位だ。
最初にこの数字を見た時、正直ピンとこなかった。
まあまあ楽しいこともあるし、結構辛いこともある。これが「普通」なんじゃない?と思った。
でも考えてみると、「より楽しい」「より楽に」「より軽い気持ちで」爽やかに人生を送れている実感があれば、順位はもっと高まるはずだ。
幸福を感じるのは人それぞれだ。同じ出来事を経験しても、その人の捉え方や思考、認知によって、幸福度は大きく変わる。精神科医として実感していることがある。同じ病気で同じ進行具合でも、その患者さんの捉え方や考え方によって、感じる健康状態の点数はまったく変わってしまう。
つまり、捉え方を変えることが幸福度を高める一番の近道だ。そしてそれは、精神科医が一番得意とすることだ。
「精神科って、一番幸福度に貢献できる科なんじゃないか」と本気で思っている。
このブログを読んでくれるあなたへ
私はわが子に、このブログを読んで、幸せに、楽しく、軽やかに人生を生きてほしくて書いている。
でも、読んでくれているあなたにも、同じことを願っている。
戦争や貧困が身近に感じる世界になってきた。さまざまな問題が溢れる世の中でも、自分を大切にしながら、社会に貢献できる立派な人に成長してほしいと心から願う。
どんなに立派な職業についても、どんなにお金持ちになっても、人間の不安はゼロにはならないし、悩み迷うことは必ずある。
このブログには、身内の話や家系の話も混じってしまうかもしれない。思わずわが子へ語りかける口調になってしまうこともある。でも、そこは許してほしい。
この”秘伝の書”が、あなたの人生に少しでも役立てたら、そしてあわよくば、日本の幸福度順位を上げる一助になれたら、こんなに嬉しいことはない。
参謀医Reimyより
参考文献
(1) Helliwell et al., World Happiness Report 2026,Wellbeing Research Centre, University of Oxford


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