しんどい時に読みたい絵本|精神科医が読む「がまくんとかえるくん」の“おはなし”

折り紙で作った2匹のカエルが寄り添っている写真。そばにいることの大切さを表現。 子育て

「がんばったのに、結局なにもできなかった」

そう思って、布団に潜り込みたくなる夜は、ないだろうか。

誰かを励ましたいのに、うまい言葉が見つからない。

ただそばにいるだけで、本当に意味があるのだろうか——。

そんなふうに、もどかしくなったことはないだろうか。

もしそうなら、そっと開いてほしい絵本がある。

アーノルド・ローベルの『ふたりはともだち』に入っている、「おはなし」という短い一編だ。

子ども向けの絵本なのに、大人になって読むと、胸の奥に静かに沁みてくる。

精神科医となり母となった今、読み返すたびに思う。

人を支えるのは、立派な言葉でも、正しい解決策でもないのかもしれない、と。

この記事では、たった数ページの絵本が、なぜこれほど大人の心を癒すのかを、精神科医の視点から読み解いていく。

この記事を読み終える頃には——

  • 「がまくんとかえるくん」が、大人の心にも深く刺さる理由が、すっきりわかる
  • “そばにいる”だけで人が癒える仕組みを、精神科医の視点で理解できる
  • 落ち込んだ夜の自分を、少しだけ許せるようになる

あらすじ|かえるくんのために、がまくんが必死になる話

ある日、かえるくんの具合が悪そうだ。

心配したがまくんは、自分のベッドにかえるくんを寝かせてあげる。

すると、かえるくんが言う。

「ひとつ おはなしして くれないかい」

がまくんは、なんとかお話を聞かせてあげようと、一生懸命に考える。

頭を抱えて考える。外をうろうろ歩き回って考える。家に戻ると、今度は長いこと逆立ちをする。頭に何度も水をかける。しまいには、壁に頭を打ちつける。

でも、お話はちっとも思い浮かばない。

そんな姿を見ているうちに、かえるくんはいつの間にか元気になっていた。

逆に、必死に考え続けたがまくんは、疲れ果てて倒れ込んでしまう。

今度は、回復したかえるくんがベッドのそばで語りはじめる。

がまくんとかえるくん、ふたりの名前を出しながら、たった今起きたことを、そのまま「おはなし」にして。

語り終える頃には、がまくんはもう、ぐっすり眠っている。

全力を出し切って、安心したように。

「何もできなかった」のではない

私がこのお話を好きなのは、これが「役に立てなかった話」ではないと思うからだ。

がまくんは、かえるくんのために全力を尽くした。

お話は、思い浮かばなかった。

でも、その必死な姿そのものが、かえるくんにとっての「おはなし」になった。

頑張って、疲れて、そして安心して眠った。

それだけで、十分だったのだ。

かえるくんは、それをちゃんと知っている。

だから、眠っているがまくんの名前を呼びながら語る。聞こえているかどうか、わからなくても。

その静かな優しさに、読むたび胸が温かくなる。

不器用ながまくんが、愛おしい

私は、がまくんの不器用さが好きだ。

頭を抱えて、外を歩き回って、逆立ちをして、頭に水までかける。

一生懸命なのに、少しズレていて、ちょっと笑える。

でも、その姿がたまらなく愛おしい。

アーノルド・ローベルの作品は、どれもユーモアがある。

笑ってしまうのに、最後はなぜか、じんとくる。

その温かさが、この絵本にはたしかにある。

「そばにいる」だけで、人は回復する(精神科医の視点)

精神科医として、こんな場面を何度も見てきた。

言葉が出てこない患者さんのそばに、ただ静かにいる。

何も解決していない。気の利いた励ましもできていない。

それでも、少しだけ表情がやわらぐ瞬間がある。

実は、治療の効果を左右するのは技法そのものよりも、「人と人とのつながり(治療関係)」だということが、大規模な研究の積み重ねでわかっている (1)。

さらに、医師の共感が高いほど、慢性の痛みをかかえる患者さんの痛み・生活の質が、1年後により良い方向へ向かっていたという報告もある (2)。

精神医学では、そこにいる存在そのものが治療的に働くことを プレゼンス(presence) と呼ぶことがある。

私自身、子どもを見ていて同じことを感じる。

嫌なことがあって帰ってきた日、子どもはうまく話せなかった。

何があったのか聞き出せない。慰めの言葉も見つからない。

それでも、しばらく隣にいるだけで、少しずつ落ち着いていった。

何も解決していないのに。

「そばにいる」が、十分だったのだ。

がまくんも、きっとそうだった。

お話は思い浮かばなかった。でも、かえるくんのそばに、全力でいた。

それだけで、かえるくんにはちゃんと伝わっていた。

支える側と支えられる側は、入れ替わる

この物語でもう一つ好きなのは、ふたりが対等であることだ。

かえるくんは「治される人」ではない。がまくんも「支えるだけの人」ではない。

最初は、かえるくんが寝込み、がまくんが支えようとする。

次は、がまくんが眠り込み、かえるくんがそばにいる。

役割が、静かに入れ替わる。

人は誰でも、支える側にも、支えられる側にもなる。

同じ経験をした人どうしが支え合う「ピアサポート」には、回復や自己肯定感を後押しする効果があることが報告されている (3)。

そして興味深いことに、支える側もまた支えられる——助ける役割そのものが、助ける人自身の回復や生きがいにつながることも示されている (4)。

その対等さが、この絵本をこんなにも安心できるものにしているのだと思う。

精神科の現場でも、同じことを感じる。

患者さんが回復していく姿に、私自身が救われることがある。

支える側が、支えられている。

その境界線は、思っているよりずっと、あいまいだ。

落ち込んだ夜に、このページを開いてほしい

誰かのために頑張ったのに、うまくいかなかった日がある。

何もできなかった、と落ち込む夜がある。

そんな時に、この絵本を開いてほしい。

結果ではなく、その必死さを見てくれている人が、きっとどこかにいる。

あなたが思う以上に、あなたの存在そのものが、誰かを支えているかもしれない。

子どもと一緒でも、一人でもいい。

ただ、ページをめくるだけでいい。

この絵本は、「うまくできなかった自分」を、少しだけ許してくれる。

眠っているがまくんへ

かえるくんの語るお話を、がまくんは聞いているだろうか。

たぶん、聞こえてはいない。

でも、信頼できる誰かのそばで、安心して眠れている。

それが、もう答えなのだと思う。

全力を出し切ったあと、安心して眠れる相手がいること。

それが、本当の友だちなのかもしれない。

今はまだ、そんな人が思い浮かばなくても大丈夫だ。

人生のどこかで、一人でいい。

全力を出し切った自分のそばに、静かにいてくれる人に出会えますように。

そして、あなた自身も、誰かにとっての「かえるくん」でいられますように。


私は昔から絵本が大好きで、たくさん読んできました。今でも実家には、まるで図書館のように絵本が並んでいます。

読み返すと、『がまくんとかえるくん』のような名作絵本には、人の孤独や安心感、支え合いが、驚くほど丁寧に描かれていたことに気づきます。

これからも、そんな絵本を少しずつ綴っていきたい。

いつかあなたが、私の読んだ絵本を、私があなたに読んだように、こどもに読み聞かせる日が来るかもしれないから。

参謀医Reimyより


免責事項

本記事は絵本の感想と一般的な情報の共有であり、診断・治療を目的とした医学的助言ではありません。心身の不調が続く場合は、医療機関にご相談ください。

参考文献

(1) Cooper RE, Saunders KRK, Greenburgh A, et al. The effectiveness, implementation, and experiences of peer support approaches for mental health: a systematic umbrella review. BMC Medicine. 2024;22:72. doi:10.1186/s12916-024-03260-y

(2) Flückiger C, Del Re AC, Wampold BE, Horvath AO. The alliance in adult psychotherapy: a meta-analytic synthesis. Psychotherapy (Chic). 2018;55(4):316–340. doi:10.1037/pst0000172

(3) Licciardone JC, Tran Y, Ngo K, Toledo D, Peddireddy N, Aryal S. Physician empathy and chronic pain outcomes. JAMA Network Open. 2024;7(4):e246026. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.6026

(4) Smit D, Miguel C, Vrijsen JN, Groeneweg B, Spijker J, Cuijpers P. The effectiveness of peer support for individuals with mental illness: systematic review and meta-analysis. Psychological Medicine. 2023;53(12):5332–5341. doi:10.1017/S0033291722002422

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